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執筆者の写真Gaku Sakura

展示内容の続き。

芸術と建築を料理する。それがどういうことなのか、ということを少し話しています。

時間のある時にでもみてください。大まかに文章にすると、芸術や建築を食す、体内に作品を取り入れるという感覚で自分の作品をみてほしいという気持ちを話しています。体内に何かを入れるということは信頼がないとできないことです。

それは薬になるのか毒なるのかわかりませんがとりあえず僕のことを理解してほしいという気持ちで芸術と建築の料理を食していただくという活動を展開します。

料理のようにその土地の文化を受け継ぐ形で新たな芸術、建築を展開することを望んでいます。どこの国にも和食という料理がありそれが湾曲するようなことでさえも作品の一部になる、そんな活動になるように願っています。

正解は求めません。そこで作品の形が形取られることはしたくありません。流動的に拡張していく料理のような存在を目指します。


この作品を鑑賞してくださった方がこの作品の意味を僕に解説?してくれたその内容を書かせて頂きます。一つの食し方として理解していただければ幸いです。

この作品の顔それは私の表向きの顔であるらしいです。造花で彩られたあなたの表情は作られたものです。ということらしいのです。そしてその裏にある空間はあなたの頭の中もしくは心の中だと言われました。ここにある薬の意味はパルマコンというロゴとの関係を示すものですか?ということや、ウォシュレットの便座は何かきっとあなたの経験に繋がる何かなのでしょうね?というような説明を受けました。そんな便座がたくさん並んでいて、それは何かの会議のようなあなたの葛藤なのでしょうね。。。ということをおっしゃって頂きました。なるほど。。。ありがとうございます。

わかりやすい、、、


僕の建築は芸術との交わりの中で一つの料理となります。それはそれぞれの分野を切断したりさばいたりすることになります。そして臭みを抜いたり、凍らせたり、ボイルしたりソテーしたりすることも行います。

その方法に否定的な意見を寄せられることも多々ありますが僕は栄養のあるもの、信用できるものしか素材としては取り入れたくありません。食していただくそれが栄養のあるものであることを願います。文脈、歴史を無視することはできません。それが芸術や建築の栄養であることは間違いないのではないでしょうか。と葛藤している会議室なのでしょうか。。。


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