先日、学生から「イワカワさんの建築とはなんですか?」というような疑問を投げかけられました。あまりにもシンプルで難しい質問だなと思いました。
僕自身、建築とはなんなのか?ということを問い続けているので彼の納得する答えを用意することができませんでした。
少し悲しかったです。
ハンスホラインは憧れの建築家の一人です。
彼は「すべては建築である」と建築を語った建築家です。
http://artscape.jp/artword/index.php/%E3%80%8C%E3%81%99%E3%81%B9%E3%81%A6%E3%81%AF%E5%BB%BA%E7%AF%89%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E3%80%8D%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%B3
この言葉の内容を説明しているサイトがありましたので添付させていただきます。時間があれば読んでみてください。
記事に出てくる「ノン・フィジカル・エンヴァイラメンタル・コントロール・キット」(1967)とはこういう建築です。
私が生まれる20年前の作品です。この作品を知った時の衝撃は忘れません。建築という世界はこんなこともしていいのか、と嬉しい気持ちになりました。芸術だけではなく、建築にも可能性を広げるために戦った人がいるのだと思うとそれだけでうれしく思います。感動してしまいます。建築を建物の話でまとめてしまうのは寂しいです。それはデザイン、構造、設備、法規、費用の話で大概が片付けられてしまうものだからです。よく考えてください。これらの内容は建築だけの話ではないということを。芸術にもデザインにもこれらの要素はあるのです。建築だけの特別な話ではありません。
あなたが建築家だとしたらここにどんな新たな要素を取り入れますか。
作家として芸術という文脈で作品を説明をすれば芸術になるし、それを建築の文脈で説明するとその作品は建築となります。これはシンプルな構造ですが中身はすごく複雑だなと思います。
それぞれの歴史を知らなければなりませんし、そこでのルールというものが少なからずあります。もちろんそれを無視する、知らないふりをするというルールも存在します。何を選ぶか、どの立ち位置を望むのかという問題なのだと思います。その為に肩書きはあるのだと思います。
私の肩書きは建築作家です。
建築自体を更新する作家です。私が建築とは、と説明を始めればその時私は建築作家ではなくなっているのでしょう。ただ今の建築は?と問われるならば少なからずそれは建物の話で片付けられる文化であるということになってしまいそうです。
しかし芸術の話も建物の話で片付けられるかも?と考え始めることができればそれはどれだけの視野を私たちにもたらしてくれるのでしょうか?ワクワクします。
建築家ミース・ファンデル・ローエは「神は細部に宿る」と言いました。
私は「悪魔は細部に宿る」と考えることも可能だなと最近は思っています。
以上
建築とは、、、番外編でした。
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